枚方観光ボランティアガイドの会


左の絵図は歌川広重の浮世絵「京都名所之内 淀川」です。
枚方は、江戸時代、東海道57次の56番目の宿場町として栄え、また、淀川を往来する三十石船の中継港として賑わったまちです。

   当会のホームページをご訪問いただきありがとうございます。
   どうぞごゆっくりご覧ください。

 「ひらかたゆ 笛吹上る近江のや 毛野の稚子い 笛吹上る」

毛野(けな)は、近江を本拠としたと考えられる継体期(6世紀前半)の武将です。 
朝鮮半島南部に派遣されていた毛野が成果を上げられないまま召喚される途中、対馬で病死し、船に乗せられた亡骸が子どもたちに伴われ近江に向かって淀川をさかのぼります。
知らせを聞いて近江から迎えに来た毛野の妻は枚方あたりで葬送の笛を奏でる船に出会い、 悲嘆にくれてこの歌を詠みました。 
歌にある「ひらかた」は『日本書紀』では「比攞哿駄」と記されていますが、これが枚方の初出とされています。但し、歌が詠まれたのは近江に入った後で、「ひら かた」は近江国坂田郡枚方(現 長浜市平方町)を指すという説もあります。
地名の由来は、『日本書紀』に記されている白肩の津(しらかたのつ) がもとではないか、という説があります。

下の写真は、枚方市駅からも枚方公園駅からも15分ほどのところにある、万年寺山や御茶屋御殿展望広場の写真です。